小さい頃に、山でサワガニをつかまえて遊んだ思い出はありませんか。最近こうした小さい生き物のことが忘れられがちですが、いまも私たちの近くで元気に暮らしています。

サワガニのえらいところは、カニなのに山にいることです。自然に恵まれた土地で育ち、子供のころからサワガニを見なれている方には普通に思われるかもしれませんが、これはじつはすごいことなのです。
実際、サワガニ以外のカニはすべて海にすんでいます。産卵も海中で行われ、卵から孵った子供はしばらくプランクトンとして過ごした後で小さなカニの形となり、その後脱皮を繰り返しながら大きく成長してゆきます。例外的にモクズガニは川でも見ることができますが、このカニは海と川を行き来してくらし、産卵も海で行うので、どちらかに分けるとすれば海のカニと言うべきものでしょう。生まれて最初にプランクトン生活をするカニたちにとって、海の栄養豊かで安定した環境がどうしても必要なのです。

一方、山の谷川のようなところでは、水がきれいすぎて栄養分が少ないうえ、水は常に流れていますから、もしカニが普通の方法で産卵したとしても、子は育つ前に流されて行ってしまうでしょう。そこでサワガニがとった方法は、他のカニたちのように小さな卵をたくさん産む代わりに、大きな卵を少し産んでお腹に抱えておいて、卵の中で小さなカニの姿になってから放出するというものでした。これなら、生まれた子供はすぐに歩いたり泳いだりして移動して、好きな場所でそのまま生活することができます。サワガニはこのパイオニア精神によって、他のカニ達と競合しなくていい安住の地を手に入れたのです。

宮沢賢治の童話「やまなし」には、サワガニの父子が主役で登場します。夜の谷川に降りそそぐ月光の青から始まって、おしまいまで鮮やかな色彩に満ちあふれた物語で、私の大好きな作品です。雨ニモマケズの詩とか、研究者による夥しい数の伝記や論文などから、教育者・宗教家としてイメージされることも多い宮沢賢治ですが、それよりもなによりも、発表から100年の歳月を経てなお、まるで別次元の輝きを放っている多くの童話や詩を生み出した天才であることは、賢治ファンの方ならばもちろんご存じのことでしょう。

 「やまなし」は賢治童話の中でも名作とされるものの一つです。もし初めて聞いたという方がおられたら、ぜひ一度読んでいただきたいと思います。
そのあとで、本物のサワガニに会いたくなったら、ぽかぽか暖かい陽気になるのを待って近くの山にでかけ、道端に沢があれば降りて、水際の石ころをそっと持ち上げ覗いてみて下さい。     (ミ)

※今回、石井桃子さんにイラストを描いていただきました。石井さんはこの3月まで大潟水と森公園でパークレンジャーをされていました。鳥が専門ですが、自然界全般に造詣が深く、イラストも得意とされています。これから毎回お願いしていますので、どうか御期待ください。