1月中旬、国道253を松代から十日町へ抜けたときのこと、ナラ類らしき高木の梢に鳥の巣のようなものが見えました。
何だろうと思い、近くへよってみるとそれはオリーブグリーンの葉の塊。ヤドリギだったのです。その名の通り他の木の枝に取り付いて養分をもらって生きる寄生植物ですが、自身でも葉緑素をもっており光合成を営んでいるところが変わっています。肉厚で節の多い短い茎の先に、やはり厚ぼったいプロペラのような形の濃い緑色の葉をつけ、ちょうど宿主が葉を落とした頃に、球形の小さな半透明の黄色っぽい色の実をつけるので、この季節になってはじめてその姿に気が付く…..というのも面白いと思います。
上越ではちょっと山手のブナやミズナラ、シラカバなどの木に着いているのをよく見かけます。エノキやサクラなどにも寄生し、このあたり、どこにでもあってよい種類だと思うのですが、高田の市街地では見たことがありません。だれか観察された方がおられましたら教えてください。

実の中には鳥モチとして使われたというほどのガムのような粘液につつまれた緑色の種子が入っており、鳥がその実を食べたあと、嘴についた実を他の木の枝にこすり付けたり、糞と一緒に排泄されることによって子孫を増やす鳥散布型の繁殖をします。
その変わった姿は古くから注目されたようで、万葉集に当時越中の国司だった大伴家持の詠んだ歌、

あしびきの山の木末の寄生(ほよ)取りて
挿頭(かざ)しつらくは 千年寿くとぞ


は有名で、この植物にまつわる文章には必ずといってよいほど紹介されています。この「ほよ」はヤドリギのこととされ、意味は不明なもののホヨ、ホヤ、ヒョウなどの名はいまでも広く各地の方言として残っています。上の歌も、冬でも落葉しない緑を長寿の象徴として、それにあやかることを願ったものですが、同時に枯れ木から芽を吹く再生の呪物としての意味もこめられていた違いありません。さらにもっともっと昔には天と地を結ぶ不思議な植物として、ヨーロッパにおける民俗例のように、なにか信仰の対象とされた時代があったのではないでしょうか。
東北地方では、冬の間の貴重な家畜の飼料とされていましたし、飢饉などの際にはそのデンプンを含む茎葉をすりつぶして「ひょう餅」を作って食べたと書かれた本もあります。
この「ひょう餅」は、どのようにして作ったものか、実態は良くわからなくなっているようですが、ただ飢えをしのぐだけ、けっして美味しいものではなかったことでしょう。
現在を生きる私たちは幸いにも「ひょう餅」を食べる必要はありません。でも、わが国でもわずか半世紀ちょっと前には、飢えが日常的なことがらだったということを忘れてはならないと思います。

(ハ)