妙高高原に住む義兄がマツムシソウの花を一抱えも持ってきてくれました。聞けば家の周りにこぼれた種が広がってどんどん増えているとのこと。やはり高地ならでは…うらやましい限りです。高田でも種子から育てると良いと聞きますが、それでも暑がりのこの花、結局絶えてしまうことが多いようです。それにしてもこの花の色の美しさはどうでしょう。藤色にすこし浅葱色を混ぜたような見事なパステルカラー、よく枝分かれしたか細い茎の先に着く、薄紫の大きめな花が風に揺れるさまは、高原の秋の風景にピッタリはまっています。
 上越では妙高高原などの高原に普通に見られる越年草ですが、低地にはほとんどありません。図鑑などでは本州から九州まで広い範囲に見られるということになっていますが、方言が大変少なくその点が不思議です。広く分布するといっても、あんがい産地が局地的な種類なのかも….と思ってしまいます。採集された方言は、長野、山梨などでタズマ、ダツマなどの名が記録されていますが意味は不明。ほかにキクナなどナのつくものが少し、これは芽を食べるからでしょうか。救荒植物として凶作のとき、葉と一緒に太い根も食べたといいますが、美味しいものではないようです。
 マツムシソウの名は江戸時代から知られていました。当時の百科事典 和漢三才図会 に 「玉毬草 俗に松蟲草といふ」と書いてあります。これを初めて聞いたときは、単純に 秋に咲くからか とか 松虫の鳴いているような草原に咲くから などと勝手に思っていたものです。事実そのような感じでその語源を説明している本も多くあり、牧野新日本植物図鑑では「松虫草の意であろうが詳細不明」とされています。ところが全く違った見方で名前を見事に説明してくれた本がありました。その本、中村浩さんの書かれた「植物名の由来」には昆虫の松虫からではなく仏具の名前から来たものであると書かれており、花後に丸く大きくなった花の中央部分が、西国巡礼者の持つ小さな叩鉦(たたきがね)「マツムシ鉦」というものに似ているというところから、つけられたというものでした。目からウロコのこの説、図を見れば素直に納得できます。でもこの鉦をマツムシと呼ぶのは何故?….その音色からと思うのですが… う~ん だんだんわからなくなってきました。   (ハ)

※図は昭和55年発行 東京書籍 中村浩著「植物名の由来」より転載。