天候不順で遅れていた田植えも、平野部ではほとんど終わって苗も伸び、用水は豊かな水であふれています。そんな風景のそこかしこに、鮮やかなクリーム色の花の一群が目に付くようになりました。これはキショウブの名で呼ばれるアヤメやハナショウブのなかまの植物です。いたるところの水辺に繁茂し、本来なら雑草として除草や草刈の対象になるところでしょうが、花が美しいためか、そこだけ残されていることも多く、よく水田や残雪の山などをバックにした写真などに登場しています。
    
黄菖蒲のそこらに咲ける道端の
             小川流れて青田へ入りぬ      岡 麓

ところで、初夏の景色によく似合ったこのキショウブ、実はレッキとしたヨーロッパ原産の外来種だというのですから、驚いてしまいます。わが国に入ってきたのは明治になってからで、最初はあやめの仲間にはない黄花が珍しく、観賞用として喜ばれたことでしょう。この植物は常に水辺に生え、花が終わって実が熟すころになると、実をつけた茎ごと水面に倒れこむ性質があり、こぼれた種子が流れに乗って広い範囲に散布されます。その結果、今では北海道から九州まで全国に広がり、旺盛な繁殖力でどんどん増えて在来の植物を脅かすほどになってしまいました。花がきれいだからといって油断は出来ません。イギリスではその目立つ花弁を「旗」にたとえてイエロー フラッグと呼ぶそうです。現地では、かってこの根から黒色の染料をとったり、第二次世界大戦のときドイツに占領されていたある島で、その種子をよく煎ったものをコーヒーの代用品に使った記録もあるそうです。
 余談ですが、外来種でありながら日本の風景に溶け込み、あたかも古くからそこに存在していたかのような印象を与える植物はキショウブだけではありません。太宰治「富嶽百景」の『冨士には月見草がよく似合う』の有名な文章で知られるツキミソウ、これも外来種です。これは植物学的には北米原産のオオマツヨイグサのこととされています。そのオオマツヨイグサもいまではすっかり少なくなり、ヨーロッパ産のメマツヨイグサに取って代わられているようです。でも、そんな面倒なことは考えず、文学として気楽に楽しむのが一番良いのかも知れません。

撮影:長谷川 康雄 (ハ)