「木苺」という言葉にはなにか懐かしい響きが感じられます。
昭和40 年以前の野山で遊んだ子どもたちにとって、ナワシロイチゴやモミジイチゴなどの木苺は桑の実とともに真っ先に口に入れるもの、甘酸っぱい味を思い出す方も多いことでしょう。
木苺の仲間は北半球を中心にその数およそ1,000 種、ラズベリー、ブラックベリーなど有用種も含む大きなグループで、日本でも30 種以上が知られています。
もうずいぶん昔の話ですが、笹ヶ峰で形が栽培種のラズベリーにそっくりなクマイチゴの実を沢山採って来て、母に頼んでジャムにしてもらったことがありました。大粒の硬い種が気になったものの味も香りもラズベリーそのもの、おいしかった。
ところでこのいちご(以知古)という言葉は平安時代の文献に見えるように古いものですが、江戸時代末に草性のオランダイチゴが輸入される前の苺はすべて木苺だったわけで、枕草子 第四十二段「あてなるもの」に出る
「いみじゅううつくしき稚児のいちごなど喰いたる」
のいちご、まさに光景が目に浮かぶような有名な一節ですが、これには各地に見られる木苺、クサイチゴを当てるのが一般的です。ほとんどが白い花のこの仲間の中で、濃い赤紫の花をつけ標高の高い場所に生えるベニバナイチゴは私の大好きな木苺のひとつ。息を切らせて登った白馬岳、大雪渓の果てに見上げた大輪の花の記憶は今でも鮮やかです。

それはイギリスなどでは普通に見られるという大型で、濃い青色に白い粉が吹いたような果実をつける木苺、「デューベリー」(Rubuscaesius)。
古い植物画の傑作を紹介する本で見て以来、その美しいブルーの果実にすっかり魅せられてしまったのです。
その本によると学名の ‘caesius’ はラベンダーブルーを意味し、しばしばローマ人が「青い目」を表現するときに使った言葉とか。
いつかこの瞳の主に会いたいと思ううちに月日が過ぎてしまいました。
(ハ)