ヒガンバナ  なぞの多いその来歴

その名の通り秋の彼岸近くになると、何もない地面から唐突につぼみをつけた茎がぐんと伸びだし、真っ赤な花をつけるヒガンバナ、長く突き出したおしべも、反り返る花弁も全て赤一色。その鮮やかな色と独特な花の形には誰でも目を引き付けられてしまうことでしょう

いまは観賞用に植えられることも多く上越で目にする機会も増えましたが、昔はずっと数が少なかったような気がします。私が植物採集に夢中になっていたころにも高田近辺で出合った記憶がありません。それだけに秋の関東平野で、田んぼの畦という畦が真っ赤なカーペットを敷き詰めたようなヒガンバナの群落を目にした時の印象は忘れることができません。花は数日で枯れますが、あとからみずみずしい緑の葉が出てきます。この葉も翌年の5月ごろには枯れてしまい、休眠状態になります。ちなみに日本のヒガンバナはほとんど種が出来ません。かわりに成熟した球根から1-5個もの子株が出来、鼠算式に個体数を増やしてゆきます。こちらには少ないのですが、関東から西の地方では極く普通の植物で田の畦、墓地などに殊に多く、別名としてよく知られるマンジュシャゲのほかにシビトバナ、シレイなど100以上もの方言があるといわれます。

美しい花とは裏腹に球根には毒があり、そのまま食べると中毒を起こしてしまいますが、水サラシを行うことで毒は失われ、残ったでんぷんを食べることができます。近世まで飢饉のときはもちろん日常的にも食べていた地方もあったようです。また球根をすりおろして腫れ物にはると良いといい、紙や布を貼る糊にも使われた記録があります。原産地は中国の揚子江の下流域で、そこから日本に稲作が伝来したときに、一緒に入ってきたという説がもっぱらですが、「曼珠沙華」として文献に出てくるのは室町時代以降で、120もの植物名が出ているといわれる枕草子にも登場せず、同時代のほかの随筆、辞典類にも見えないことから、その渡来はそんなに古くはないという説もあり、真相は不明のまま。この謎が解けるのはもう少し先のことになりそうです。(万葉集にでてくる壱師の花がそれだと言われますが、これにも諸説があります)

(ハ)