細かく切れ込んだ白緑の葉と紅色の可憐な花の組み合わせが本当に美しく、高山植物の女王として万人の認めるコマクサ。
本州では中部から北の2,000mを超える高地の岩礫地にのみ稀に生育し、実際に山で出会ったことのある人となると、その数はかなり少なくなると思います。

私は幸運にも人生の早い時期にこの花に会うことが出来ました。
小学校高学年になった私は夏休み祖父母と一緒に群馬県の万座温泉に「湯治」に行きました。
ところで私の祖父 東吉は、商売から戻ると、お土産にクツワムシとか.ヤママユのまゆ、どんぐり、アケビの実といった変わったものを持って来てくれる物好きな人でした。考えればこの祖父こそ私達兄弟を自然に対する関心へと導いてくれた先達だったのですが。

昔の万座温泉は木造旅館が数件あるだけのひなびた湯治場で、草津白根山への長野県側の登山口でもありました。偶然自分たちが泊まった旅館の帳場にあった「白根山産コマクサ」の押し葉標本を見て、私はすぐに物好きじいちゃんと一緒に白根山登山を決行。期待して登った山頂でしたが、一面の赤茶けた山肌、たちこめる硫黄の匂いなどでとても植物の生える環境ではありません。目的を果たせず下山し「コマクサは本白根山という別の場所にある」という有力情報を得て後日を期しました。

その翌年の夏休み、今度こそという思いでまた万座へ。
目指す場所は山頂手前から横道へ入るのですが、方向を示す標識こそあるものの道らしい道はなく、一面のチシマザサの中を進んでようやく白根山の旧火口「本白根山」に着きました。
そこは明らかに荒々しい白根山とは違う小さめの礫で覆われ、その中に小さな緑色の植物が見えます。勇んで探し回りましたが、無いのです、一本も。結局この年もコマクサには会えませんでした。

image030いよいよ三年目。
今度は時期を早め、夏休みに入ってすぐまた同じ場所へ。またダメだったらと不安な気持ちで斜面を下ってゆくとその時、スグ足元にあの美しい花が…..。
図鑑で見るよりずっと色の濃い紅色で、霧の中で印象が際立つ例えようもないその姿、幾株ともしれないコマクサの群れ。
興奮の極に達した私は、思わず大声で
「あった!、あったよ!」
と叫びながら周りを跳び回っていたようで、後で祖父が「まるで気違いのようだった。」と笑いな
がら嬉しそうに話してくれました。
今思えばこの時こそが以来60年続く「植物依存症」の始まりでした。

(ハ)