201602-08
毎日のように車で走っている国道18号線、新井方面に向かうと子安交差点を超えたところに、真冬でも葉を落とすことなく枯葉が残ったままの木立が目に入ります。枝先に重なり合うように付いた大きな葉が特徴的なこの木、正体はぶな科のカシワでした。

カシワはコナラやミズナラなど、いわゆるドングリをつける木の仲間で全国の丘陵地や海岸部に多く自生し高さ10m以上に達する大木になります。上越では主に海岸に近いところで見られますが、大木は少ないようです。材質は堅く、かっては薪炭材や鉄道の枕木として、現在でも建築材や家具、器具材としても使われています。

カシワという名前の由来については昔からいろいろと考証があり、それによるとカシワは「炊し葉」の意味で、古代まだちゃんとした調理具のなかった時代、大きい厚手の葉を土器でできた蒸し器の中に敷いて炊飯したり、今の「柏餅」のように包んで調理したところからつけられたものとされています。もちろん食べ物を盛るのにも使われました。ちなみに漢字の「柏」はコノテガシワの和名を持つ針葉樹のヒノキに近い仲間でカシワとは全く別のもの。日本に自生はありません。扁平な枝葉の部分を同じように利用した為の混同とされています。

興味深いのはこの種類の葉が、枯れたまま枝上に残り、春になって新葉が芽吹く前に落葉し、入れ替わるという落葉樹としてはあまり例のない性質を持っていることです。方言に「ゆずりは」と呼ぶ例があるのも肯けます。とかく「常と異なる」というものに大きな関心を寄せていた古人にとって、この現象は驚きだったに違いなく、いつのころからか、この木には葉を落とさず樹木を守ってくれる「葉守の神」が宿っていると考えられるようになりました。

柏の木に宿る葉守の神は、平安時代の中ごろに出来たといわれる歌物語「大和物語」にでる歌

が早いものとされていますが、それよりも枕草子の三十八段 花の木ならぬは に出る
「柏木いとおかし、葉守の神のいますらんも賢し….」
の文のほうが良く知られていると思います。

この「葉守の神」というのはなにかということは諸説ありますが、広い意味で「よろずの樹木を守る神様」というので良いのではないでしょうか。平安時代を中心に和歌、文章にたびたび登場してくるものの、神話に出てくるような由緒正しい神とは性格が異なるようで、人と自然との深いかかわりの中から出てきた小さな神様のように思えてなりません。
カシワにしても周囲の樹木とは異なるその特徴に畏敬の念を覚えたからこそ、「神の宿る木」と考えられたものでしょうし、その背景にある自然万象に対する深い理解と敬虔の念こそ、私たちが忘れて久しい最も大切なものです。里山を含めた中山間地の荒廃とそれに伴う災害や異常気象の続く現代、いまこそ忘れ去られた「葉守の神」のことをもう一度思い起こす時ではないかと思います。

(ハ)