• お陰様で弊社は創業100周年を迎えることができました。皆様への感謝を込め、6月の大感謝祭を皮切りにいろいろ計画しておりますので、どうかよろしくお願い致します。
  • 草刈りでお忙しい季節ですが、くれぐれも安全にお気をつけて作業されますようお願い致します。小石や枝などのハネ飛びから目を守るゴーグル(防護メガネ)の着用もどうかお忘れなく。
  • 6、7月は草・芝刈機と防除機関係の展示キャンペーンを実施中です。
    各種展示して特価でご提供していますので、ぜひご来店ください。

マルトミ100年の歩み

大正12年に移転した東本町5丁目の店舗

大正12年に移転した東本町5丁目の店舗


1. 創業のころ

富取東朔と3人の息子たち

富取東朔と3人の息子たち



大正3年、新潟県の技師として農業の改良、指導に力を注ぎ、「米作法」などの著作もある創業者 富取東朔 は東頸城郡安塚の農事試験場を退官後、その三人の子供たち、東吉、東三、東吾とともに新道村 稲田 立町に丸富商会を創業。肥料や種苗を中心に水車などの販売を始める。
当時使用していたと思われる「柳行李」が「米作法」の本とともに今残っている。

2. 大正から昭和初期

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そのころから急激に普及しだした農業機械の先駆けとして、縄ない機、脱穀機(いずれも足踏み)の改良を目指し製造も手がける。石油発動機や輸入品のインターエンジンの販売を開始。
大正12年に高田(現上越市.)東本町5丁目に移転。調整機の製造も始める。
大正13年、次男 東三が新潟市に支店を開設、また昭和10年には 三男 東吾が三条市で店舗(現㈱丸富)を開設。順調に業績を伸ばす。
昭和初期の販売商品としては、カドタ石油発動機、瑞光籾摺り機、カンリュウ精米機、ナンモト縄ない機など。・・・このころには機械製造をやめ、販売一本となった。
昭和15年には農機具の配給統制規則施工により、販売活動も規制されたためサービス活動に専念する。そんな中、現在まで続くヤンマーディーゼルとの取引が開始された。

3.  昭和20年から40年

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太平洋戦争が終結。東吉の長男 東栄が徴用地より帰宅し.家業を継続。
昭和25年にはさらなる発展をめざし株式会社に改組、㈱高田丸富商会として新たな出発なる。取扱商品の充実と整備事業の拡大に腐心する。防除機メーカの ㈱共立 と取引開始、折から進められていた稲作の共同防除の機運に乗じ販売台数を伸ばす。また消防ポンプ(シバウラ)の取り扱いを開始。市町村の消防分団を中心に納入実績を重ねる。その後、㈱モリタとの取引も始まり 消防ポンプ自動車 の納入実績も漸増し現在に至る。
昭和32年には 本田技研工業㈱と取引を開始。同社の小型テイラーと少し前に取引を開始した 協和農機の クィーンーテイラーを中山間地の.超湿田地区に販売、爆発的に売れる。
昭和38年、創業50周年を機にR18号線(現上越大通り)沿いに新社屋が完成。糸魚川に営業所も開設。新たなスタートを切る。
昭和40年、富取東栄が社長に就任。

4. 昭和41年から63年

201506-5昭和50年、ヤンマー農機に当社が協力して開発した超湿田用バインダ YB101TSが発売となる。県内中山間地はもとより全国的にヒットする。

201506-6 昭和55年、ホンダの小型耕運機 F200発売。「こまめ」の愛称で、一般農家だけでなく、家庭菜園を対象に売り上げを伸ばす。

家庭用小型耕運機の代名詞となる。 昭和56年、ホンダ小型除雪機 HS50が発売になり家庭用小型除雪機のブームが起きる。
以後、除雪機は当社の主力商品の一つとなる。

 

5. 平成1年以降

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平成1年、一般家庭向けの販路を開拓するべく、生活関連商品の取り扱いを開始する。
平成7年、株式会社マルトミに社名変更。 富取満が社長に就任、現在に至る。
平成9年、上越市西田中 企業団地内に新社屋が落成、移転して現在に至る。

ごあいさつ

 お陰様でマルトミは創業100周年を迎えました。振り返ってみれば、創業のころはまだ動力付きの農業機械のない時代でした。 現在の状況を思うと信じられないようですが、これだけ永きにわたって会社を続けて来れたのはひとえに、御客様、取引メーカー様、当社の現・旧社員の方々、多くの皆様から頂いた御支援のお陰です。本当に有難うございました。
 心より感謝申し上げますとともに、これからもどうか変わらぬ御支援お引立てを賜りますようお願い申し上げます。

代表取締役 富取 満