その名もお目出度い福寿草(フクジュソウ)、お正月の床の間飾りの定番としておなじみの花ですが、野外で実際に咲いているのを目にした方は少ないと思います。そういう私も野外で見たのは植物に興味を持ち出してからずっと経ってからのことでした。

 まだ国道18号線が整備される前、県境の橋を越えカーブが続く急坂を登りきった台地の端、まだ残雪のある落葉樹の林。目を移すとそこには黄金色の花の洪水、初めて見るフクジュソウの大群生が広がっておりました。はじめはタンポポの類かと思ったのですが黄色にほんの少し緑色を混ぜた色、光沢がある花の姿はすぐそれと判りました。細かく切れ込んだ濃緑の葉も美しく、予期せぬ出会いに感動した思い出です。

 フクジュソウは北海道から九州、四国の一部まで広く分布するきんぽうげ科の多年草ですが、上越では長野県境に近い地域に見られます。妙高高原では不思議なことに関川を挟んで新潟県側には見られません。理由は謎ですが大昔にまで遡る地史的な要因によるものでしょうか。

 分布の広さに比べ、地方での名前は意外なほど少なく、関東でガンジツソウ、東北でツチマンサグ、マンサグ(先ず咲く)などごくわずかに記録されているだけ。これは食用として利用されないことからきているかと思いますが、フクジュソウという佳名の拡がるのが早かったというのが最大の理由でしょう。

 関東などでは旧暦の正月に当たる頃に開花するので、黄金色の花の咲くお目出度い花とされ、つぼみのついた物を地面から掘り揚げて小さな鉢に植え「床の間飾り」にする習慣が江戸時代、それもわりに早いころから広まったようです。元禄時代直前1681年に刊行された最古の総合的な園芸書「花壇項目」に出るのが最初といわれますが、そこは日本の園芸ルネッサンスとも言うべき江戸時代、時代が下るにしたがって、数、種類共に増えて、赤花や白花、八重咲きなど150種以上のさまざまな園芸品種が作られるまでになりました。現在ではそれらの多くが絶えてしまい、一部が古典園芸植物としてわずかに栽培されているのみです。人気が高まると共に、江戸近郷で桑畑の下に植えられ、養蚕の盛んだった川越や青梅などでの栽培が多かったようです。

201402-5 園芸店で今も人気のフクジュソウですが、ただ小さな鉢に植えてあるため、根が少なく、花が咲いた後枯れてしまうことが多いので注意が必要です。花を見た後はなるべく早く大きめの鉢に植え替え、肥料と水をたっぷり与えてやることが、毎年花を咲かせるコツです。
残念なことですが人目につく花だけに片っ端から掘り取られてしまい、野生のものはどの産地でも絶滅か、それに近い状態です。雑木林なども開発の対象となることが多く、私が出会った思い出の場所も、数年を経ずして倉庫が建てられ、消えてしまいました。また、好きな植物を入手したいという気持ちは誰でも同じでよくわかります。でも結果として種そのものの消滅に繋がることを思えばおのずと答えは明らかでしょう。

(ハ)