先月、我家にうれしい出来事がありました。
以前庭にウマノスズクサを植えて、それから 10年以上ずっと待ち続けていたジャコウアゲハが、ついに来てくれたのです。

 最初、ベラ ンダ越しにネムの花で吸蜜しているメスが目に入り、外に出てみるとウマノスズクサの周り を別のメスがゆっくりと飛んでいました。全部で3頭いて、どれも羽化したてのような新鮮 な個体だったので、もしやと思いその辺りを念入りに探してみたら、卵の他に、終齢幼虫と 蛹の殻も見つかりました。
おそらくこの春、気づかないうちにメスがやってきて産卵し、孵 った幼虫がここで育って成虫になったのでしょう。

 ジャコウアゲハは、日本の大型アゲハの中で他の種類とは違う雰囲気を持っています。
オスは一見ふつうの黒いアゲハのようですが、メスのハネはベージュ色で、飛び方もゆっく りとしています。幼虫や蛹もずいぶん変わって見えますが、それは元々南方系の蝶で日本で は仲間がいないためにそう見えるだけで、熱帯アジアに行くと幼虫がウマノスズクサを食べ るこのグループは繁栄していて、例えばトリバネアゲハの幼虫もサイズが大きいだけで形は これとそっくりです。

 つまりジャコウアゲハは、その美しさと巨大さで世界の蝶の王様とさ れるトリバネアゲハと同じ仲間なのです。
それにしては地味すぎると思われるかもしれませ んが、そこが日本にすむ蝶の奥ゆかしさなのでしょう。よく見れば体の赤い部分とか、共通 の特徴もないことはありません。 ジャコウアゲハの名は、雄の成虫が発する甘い匂いに由来しています。
 それが何の役に立 つのかはわかりませんが、ジャコウ(麝香)という言葉には何か神秘的な雰囲気があって、 それがこの蝶によく合っている気がします。この匂いがあったおかげでウスチャアゲハなど というありきたりの名前にされずにすんだのも幸せだったと思います。

 ジャコウアゲハは、多くのなかまがいる熱帯アジアを離れ唯一日本の温帯域にまで進出し ている種類ですが、同じような例は他にもあります。
アオスジアゲハ、アサギマダラ、イシ ガキチョウ、ウラギンシジミなどがそうです。

 これら熱帯起源の蝶の多くに共通するのは、 隠しようのない南国の鮮やかさです。
青空を背景に飛ぶアオスジアゲハの透き通った青色や、 ウラギンシジミの表裏の強烈なコントラストは、実際のところ、雪国上越の自然の中では違 和感がありまくりです。
そういう目で見るとアサギマダラの姿も南の蝶そのものなのですが、 私はこの蝶だけには違うイメージを持っています。
蝶の採集を始めて間もない中学か高校生の時、燕温泉近くの山 道で霧の中から突然ふわっと現れ、無我夢中で振ったネットにす ぱっと入った瞬間のあの感激、さわやかな高原の空気の中で初め て出会った憧れの蝶の美しさ。

私の中のアサギマダラはそのシー ンで止まっていて、それ以降、南国の地でランタナの花に群がる 光景を見ても、暑い浜辺を飛ぶ光景を見ても違和感を感じてしま うのです。 これからもきっと変わらないでしょう。

(ミ)