5月20日過ぎのこと久しぶりに三和区にある「吉田の谷内」へ行ってみました。折から野生のカキツバタの花が盛りで、他に人はおらず、ジュンサイの葉の浮かぶ水面を背景に、群青の花の波に囲まれて、日常の喧騒とは無縁のひっそりとした風景が広がっておりました。

ところで、よく耳にする「いずれアヤメかカキツバタ….」、ともに美しく区別がつけにくいことを表す成句ですが、花があれば両者の区別は簡単で、外側の三枚の花弁の根元の部分が網目模様になっているのがアヤメ、白く細いクサビ型に色が抜けているのがカキツバタ。生えている場所もアヤメはやや乾いた草原を好むのに対し、カキツバタは湿地に生え乾燥を嫌います。このほか近い仲間として、花の色が赤みを帯びた紫で花弁の中央が黄色いノハナショウブがあり、江戸時代に改良が進み各地の水辺に植えられているハナショウブはこれが元になっています。ふしぎなことにカキツバタには園芸品種がほとんど無く、白花やカスリ模様のものが数種知られているのみです。

里近くに群生するカキツバタは古くから人目に触れやすかったのでしょう。カキツバタの名所は各地にたくさんあったことと思います。なかでも京都市上賀茂の大田神社の群生地は有名で、天然記念物に指定され今も見学者が絶えないそうですが、なんと平安時代の和歌にも読まれているというのですから驚きです。もう一つ京都のカキツバタにまつわる話ですが、洛北の左京区広川原杓子屋町には珍しい四季咲きのカキツバタがあり、これも平安初期、藤原氏専横の犠牲となった惟喬親王が隠棲のつれづれに植えたという由緒をもち、代々「杜若(かきつばた)」という姓の人によって守り継がれてきたのだそうで、こんな話がいまでも続いているというのが京都という町の底知れぬところですね。

カキツバタという名前は「描き付け花」によっており、この花をむかし直接衣に擦り付けて色模様としたことによるものといわれていますが、ツユクサと同じように、この青色も儚くうつろいやすいものだったことでしょう。

ところで谷内(やち)という言葉は谷の出口にあって、背後の山林からの湧き水がたまった湿地のことをいい、カキツバタのほかミツガシワやタヌキモなど貴重な湿生植物や水生昆虫の生息地となっています。三和区には似たような場所が数箇所あり、自然保護区に指定されているところもありますが、次世代に引き継ぐべき貴重な自然遺産といえるでしょう。

 (ハ)